千葉地方裁判所 平成9年(行ウ)29号 判決 1999年7月26日
原告
小林秀成
右訴訟代理人弁護士
高橋勲
同
岩橋進吾
被告
千葉県知事
沼田武
右訴訟代理人弁護士
滝田裕
同
川戸淳一郎
右指定代理人
高梨国雄
外五名
主文
一 被告が、原告に対して、平成九年二月二六日付けでなした別紙一の文書目録記載の各文書についての公文書部分公開決定のうち、別紙二の非公開部分目録記載の非公開部分中、金融機関名、口座名義人、預金種目、口座番号、事業者(相手方)の社印及び代表者印の各印影を除くその余の非公開部分をいずれも取り消す。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、被告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告が原告に対して平成九年二月二六日付けでなした別紙一の文書目録記載の各文書についての公文書部分公開決定のうち、別紙二の非公開部分目録記載の非公開部分を取り決す。
第二 事案の概要
本件は、原告が、被告に対し、千葉県公文書公開条例(以下「本件条例」という。)七条の規定に基づき、千葉県総務部秘書課の平成八年一月一日から同年一二月三一日までの食糧費(懇談会費)の支払に関する支出負担行為にかかる資料の公開請求をしたところ、被告が一部非公開とする公文書部分公開決定をしたので、非公開とする部分の取消しを求めた事案である。
一 前提となる事実(証拠の摘示のないものは当事者間に争いのない事実である。)
1 当事者
(一) 原告は、千葉県に住所を有する者である。
(二) 被告は、本件条例の実施機関である。
2 本件条例
本件条例のうち本件に関係する部分は次のとおりである。
一条 この条例は、県民の公文書の公開を請求する権利を明らかにするとともに、公文書の公開に関し必要な事項を定めることにより、県民の県政に対する理解と信頼を深め、県政の公正な運営の確保と県民参加による行政の一層の推進を図ることを目的とする。
三条 実施機関は、県民の公文書の公開を請求する権利を十分尊重してこの条例を解釈し、運用するものとする。この場合において、実施機関は、個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない。
五条 次の各号に掲げるものは、実施機関に対して公文書の公開を請求することができる。
一 県内に住所を有する個人及び県内に主たる事務所を有する法人その他の団体
二 前号に掲げるもののほか、県内に事務所又は事業所を有する個人及び法人その他の団体
七条 第五条の規定により公開を請求しようとするものは、実施機関に対して次の各号に掲げる事項を記載した請求書を提出しなければならない。
一 氏名及び住所(法人その他の団体にあっては、その名称、代表者の氏名及び主たる事務所の所在地)
二 第五条第二号に掲げるものにあっては、そのものの県内に有する事務所又は事業所の名称及び所在地
三 公開を請求しようとする公文書を特定するために必要な事項
四 前号に掲げるもののほか、実施機関が定める事項
八条 実施機関は、前条に規定する請求書を受理したときは、当該請求書を受理した日から起算して十五日以内に、請求に係る公文書を公開するかどうかの決定をしなければならない。
2 実施機関は、前項の決定をしたときは、前条に規定する請求書を提出したもの(以下「請求者」という。)に対し、速やかに、書面により当該決定の内容を通知しなければならない。
3 実施機関は、第一項の規定により公開する旨の決定をしたときは、当該公開をする日時及び場所を前項の書面に記載しなければならない。
4 実施機関は、第一項の規定により公開しない旨の決定をしたときは、その理由を第二項の書面に記載しなければならない。この場合において、当該理由が消滅する期日をあらかじめ明らかにすることができるときは、その期日を同項の書面に記載しなければならない。
5 実施機関は、やむを得ない理由により第一項に規定する期間内に同項の決定をすることができないときは、同項の規定にかかわらず、当該期間を延長することができる。この場合において、実施機関は、速やかに、書面により当該期間を延長する理由及び当該決定をすることができる期日を請求者に通知しなければならない。
一一条 実施機関は、次の各号の一に該当する情報が記録されている公文書については、公開しないことができる。
一 法令及び条例(以下「法令等」という。)の定めるところにより、公開することができない情報
二 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって特定個人が識別され、又は識別され得るもの。ただし、次に掲げる情報を除く。
イ 法令等の定めるところにより、何人でも閲覧することができる情報
ロ 実施機関が作成し、又は収受した情報で、公表を目的としているもの
ハ 法令等に基づく許可、免許、届出等の際に実施機関が作成し、又は収受した情報で、公開することが公益上必要であると認められるもの
三 法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公開することにより、当該法人等又は当該事業を営む個人の競争上若しくは事業運営上の地位に不利益を与え、又は社会的信用を損なうと認められるもの。ただし、次に掲げる情報を除く。
イ 事業活動によって生じ、又は生ずるおそれがある危害から人の生命・身体及び健康を保護するために、公開することが必要であると認められる情報
ロ 違法又は不当な事業活動によって生じ、又は生ずるおそれがある支障から人の財産及び生活を保護するために、公開することが必要であると認められる情報
ハ イ又はロに掲げる情報に準ずる情報であって、公開することが公益上必要であると認められるもの
八 実施機関が行う交渉、取締り、立入検査、監査、争訟、入札、試験等の事務事業に関する情報であって、当該事務事業の性質上、公開することにより、実施機関と関係者との信頼関係が損なわれると認められるもの、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の実施の目的が失われるおそれがあるもの又は当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障が生ずると認められるもの
3 原告の公文書公開請求
原告は、被告に対し、平成九年二月一〇日付けで、本件条例七条の規定により、千葉県総務部秘書課の平成八年一月一日から同年一二月三一日までの食糧費(懇談会費)の支払に関する支出負担行為に係る資料の公開を請求した(以下「本件公開請求」という。)。
4 本件処分の存在(甲一)
被告は、本件公開請求に係る公文書を別紙一の文書目録記載の文書と特定した上で、平成九年二月二六日付け公文書部分公開決定通知書(以下「通知書」という。)において、「特定個人が識別しうる情報が記載されている(二号該当)」「法人及び事業を営む個人の当該事業に関する情報が記載されているため公開すると当該法人又は当該事業を営む個人の競争上若しくは事業運営上の地位に不利益を与え、又は社会的信用を損なうと認められる(三号該当)」「実施機関が行う事業施行のための協議等に関する情報であって、事務事業の性格上、公開することにより関係者との信頼関係が損なわれると認められるとともに将来の事務事業の円滑な執行に支障が生ずる(八号該当)」という理由から、本件条例一一条二号、三号及び八号を根拠として公開しないことができる部分(別紙二の非公開部分目録記載の部分。以下「本件非公開部分」という。)を除いて公開する旨の公文書部分公開決定(以下「本件処分」という。)をした。
5 本件非公開部分の内容等(甲二、乙一二、証人X及び弁論の全趣旨)
(一) 支出負担行為支出伝票
予算に基づいて支出の原因となる契約その他の行為をしようとするときに決裁を受ける文書であり、説明欄には、会議の名称、目的、開催場所、出席者の所属団体名及び役職名(以下「肩書」という。)(すなわち、本件では、個人名そのものは記載されておらず、出席者の所属団体名、役職等の肩書きが、例えばA問題について、B団体のC委員との協議後の懇談会という形式で記録されている。)が記載されている。
相手方の住所氏名欄には、飲食物を提供した事業者の住所、氏名(法人の場合は所在地、法人名)が記録されている。
金融機関名、口座名義人欄には、右事業者が飲食物の代金を口座振替により受領する際の金融機関名、預金種目、口座番号及び口座名義人の氏名が記録されている。
相手方コード欄には、千葉県の財務システムに登録された事業者固有の番号と枝番が記録されている。
(二) 支出負担行為減額伝票
すでに行われた支出負担行為額の減額をしようとするときに決裁を受ける文書であり、相手方の住所氏名欄には、飲食物を提供した事業者の住所、氏名(法人の場合は所在地、法人名)が記録されている。
金融機関名、口座名義人欄には、右事業者が飲食物の代金を口座振替により受領する際の金融機関名、預金種目、口座番号及び口座名義人の氏名が記録されている。
相手方コード欄には、千葉県の財務システムに登録された事業者固有の番号と枝番が記録されている。
(三) 検査調書
契約の履行を確認したことを明らかにする文書であり、検査場所欄には、検査を行った場所が、納入者又は請負者欄には、飲食物を提供した事業者の氏名等が、それぞれ記録されている。
(四) 見積書及び請求書
飲食物を提供した事業者から提出された文書であり、右事業者の住所、氏名(法人の場合は所在地、法人名、代表者名)及び口座振替により支払を受ける金融機関名、預金種目、口座番号及び口座名義人の氏名が記録されている。
(五) 契約書
千葉県と事業者との飲食物の提供に関する契約書であり、懇談会の名称、目的、開催場所、右事業者の住所、氏名(法人の場合は所在地、法人名、代表者名)、社印及び代表者印の印影が記録されている。
(六) 予定価格書
千葉県があらかじめ契約額の上限を定めた文書であり、当該契約に係る予定価格、懇談会の名称及び出席者の肩書が、予定価格書を入れる封筒には、懇談会の名称及び出席者の肩書が、それぞれ記録されている。
(七) 随意契約理由
当該契約を競争入札によらず随意契約により締結する理由を書いた文書であり、契約の相手方である事業者の住所、氏名(法人の場合は所在地、法人名、代表者名)及び開催場所が記録されている。
6 知事の職務権限及び総務部秘書課の所掌業務
(一) 地方公共団体の長たる知事の権限は、地方自治法一四七条ないし一四九条のとおり、当該地方公共団体の事務及び法律又はこれに基づく政令によりその権限に属するとされた国その他の機関の事務にまでわたる広範かつ多岐なものである。
(二) 副知事は、普通地方公共団体の長を補佐し、その補助機関たる職員の担任する事務を監督し、普通地方公共団体の長の職務を代理する(地方自治法一六七条)。
(三) 千葉県組織規程八条により、知事、副知事の秘書業務を遂行することを主たる目的として、総務部秘書課(以下「秘書課」という。)が設置されており、知事及び副知事の秘書業務、具体的には、知事、副知事の出席する行事・会議等の日程調整、時間調整、会議資料・あいさつ文・式次第等の資料の収集、来客の案内・接待、知事、副知事の命を受けての会合等の設営、公用車の運行、当日の随行などの業務に携わっている。
7 食糧費の性格
食糧費は、歳出予算の執行科目である節のうち、地方自治法施行規則一五条二項(地方自治法二二〇条一項、同法施行令一五〇条)別記に定める予算科目の『節』需用費の『細節』食糧費から支出される経費である。食糧費は、行政事務、事業の執行上直接的必要性から費消される経費で、具体的には、各種会議用(懇談会も含む)、式日用茶菓、弁当、非常炊出賄等がこれに該当する。
本件文書に記録された食糧費は、千葉県知事、副知事の職務遂行上、必要な各種関係機関等との協議、意見交換等に際し、必要に応じ設定された懇談会等の経費等として総務部秘書課において支出されたものである。
二 争点
1 本件処分は、本件条例八条四項の理由付記の要件を満たしているか。
2 本件非公開部分の本件条例一一条二号、三号及び八号(以下、それぞれ「二号」、「三号」、「八号」という。)の該当性
三 被告の主張
1 争点1について
通知書には、単に二号、三号及び八号に該当する旨の記載だけでなく、いかなる根拠により同条所定のどの事由に該当するかまで記載されており、理由付記の程度に関する瑕疵は存しない。
2 争点2について
(一)(1) 情報公開請求権は、憲法上は抽象的な権利にすぎず、情報公開制度を定めるに当たり、地方自治体が個々の住民に開示請求権を付与するか、また付与するとしても範囲、対象等その内容をどのように織り込むかは、各自治体がその自治体独自の立法裁量によって決定すべき問題である。
(2) したがって本件は本件条例の解釈及び適用の問題であるところ、本件条例は、開示請求権の具体的要件、内容に関しては、五条以下に規定をし、公開しないことができる場合については、専ら一一条において定めている。すなわち、一一条は、「実施機関は、次の各号の一に該当する情報が記録されている文書については、公開しないことができる。」と規定しているが、「公開しないことができる」とは、公開・非公開に関する載量権が付与されたのではなく、非公開事由に該当する情報が記録された公文書に関しては、実施機関は本条項に羈束され、当該情報を公開してはならないのである。そして、非開示の範囲に関しては、法令の制限による場合のみならず、個人のプライバシー、法人の事業活動、公業の安全と秩序維持、国等との協力関係、合議制機関の議事運営、事務事業に係る意思形成上の支障、事務事業の公正、円滑な運営執行等の観点から分類し、開示・非開示の区別を定めているのであって、ここにおいて開示の具体的要件が定められているのである。
したがって、公開しないことができる場合については、「公開しないことについて合理的な理由があるかどうか、非公開事項が必要最小限度にとどまっているか否か」だけの観点から判断するのではなく、「公文書の公開を請求しようとするものの権利と、請求された公文書に情報が記録されている個人、法人、その他の団体の権利利益及び公益との調和」のもとに公開、非公開が決定されていく問題なのである。よって、本件を検討するにあたっては、開示をすることによって得られる具体的利益と開示されることによって失われる権利・不利益ないし行政運営の支障等の両者が考慮されなければならない。
(二) 本件非公開部分のうち、会議等の名称、目的及び出席者の肩書の二号該当性について
(1) 公文書の公開を求める権利を十分尊重し、公開を原則とする公文書公開制度の下においても、個人のプライバシーが最大限に保護されなければならないことは論をまたず、この点は本件条例三条後段により明らかである。
(2) その観点から、本件条例は、二号をいわゆるプライバシー型ではなく、個人識別型として規定している。すなわち、プライバシーの概念、範囲に関しては未だ確立されたものではなく、また膨大な文書公開請求に対し、実施機関において限られた時間、労力の中で、個人に関する情報をプライバシーに関しないものとプライバシーに関するものとに区別して、前者を公開し、後者を公開しないとする取扱いをすることは不可能なことから、同号イないしハに該当する場合を除いて本文の要件が充足される情報はすべて一律に非公開とすることとしたのである。
したがって、二号は、プライバシーの侵害があるか否かではなく、「個人に関する情報」か否か、「特定の個人が識別され、又は識別され得る」か否かをもって、公開、非公開の唯一絶対のメルクマールとしているのであり、このように公開、非公開のメルクマールをどこにおくか、非公開事由をどのように盛り込むかは条例制定段階での立法政策の問題であって、本件はこのようにして制定された条例の解釈の問題なのである。
(3) そして、本件条例においては、公務に関する情報と私生活上の情報とを区別していないこと、実質的に考えても、公務員の氏名は、当該公務員の私生活においても当該人を識別して特定する基本的な情報であるため、公開することによって、公務を離れた私生活等の場面において影響を受ける可能性があること、本件条例には、刑法二三〇条の二第三項やプライバシー侵害の不法行為についての違法性阻却等、公務であるがゆえに一般の場合と保護対象が異なるとする規定は設けられていないし、そのような解釈論も確立されていないこと等の理由から、公務員の公務の遂行に係る情報のうち、当該公務員個人の氏名等も、当該公務員の個人に関する情報として、二号の「個人に関する情報」に該当する。
(4) 本件非公開部分には、出席者個人の氏名の記載はないが、出席者の所属団体名及び役職名等の肩書の記載があり、それによって他の会合と区別され、また当該出席者個人を識別するに足りる肩書が具体的に記載されているため、公開すれば外部に公表されている名簿等やその他の情報等と照合することによって、当該個人が識別される可能性があり、二号の「特定の個人が識別され、又は識別され得る」場合に該当する。
具体的には、例えば「出席者としての所属団体及び役職名(肩書)」については、「○○団体○○委員」等の記載が、「会議等の名称・目的」については「○○○を招いて○○○を開催」「A問題について、B団体のC委員との協議後の懇談」という形式で記載されており、当該役職に就く者が一人しかいない場合及び複数いるが定数が定まっている場合のいずれも、他の文書等との記載内容から特定個人の識別が可能である。また、右の場合、B団体C委員によって、C委員である特定の個人名が識別される可能性があるが、さらに、A問題に参加しうる立場の者から推論が働き、特定の個人名の識別をし得る場合もあるのであるから、会議等の名称、目的も特定個人が識別され得る情報として非公開情報に該当する。
(三) 本件非公開部分のうち、相手方の住所及び氏名、口座情報(金融機関名、口座名義人、預金種目、口座番号)、相手方コード、検査場所、納入者又は請負者、契約履行の場所、契約の相手先、社印、代表者印の印影、開催場所の三号該当性について
(1) 本件文書には、一件の食糧費の支出ごとに、支出金額及びその明細として具体的な品目ごとの数量、単価及び口座情報が記録されているが、料理等の価額の設定は、飲食業者の営業方針の基本となるものであり、特定の飲食業者が誰を顧客としているか、その顧客にどのようなものをいくらで提供し、支払はどのように行われているかといった取引の内容は、営業の実態そのものを形成する情報であって、本件非公開部分を公開することによって、特定の法人又は事業を営む個人の経営状態(売上高、顧客層及び顧客数等)、経営方針(どのような顧客にどのようなサービスを提供するか等)を事実上公表するも同然となり、その結果、今後の事業運営に支障を来すことが十分考えられ、競争上の地位に不利益を与えるおそれがある。さらに、予算の都合上、無理な注文をしたり、通常以上のサービスを受けることもあるが、そのようなことが業者間で知れ渡れば、今後の事業運営に支障をきたすことが考えられ、競争上の地位に不利益を与える。
(2) 印影は、会社名を特定するためのものとしても、また印影そのものの形状自体が情報であるため、その意味においても非公開とする理由がある。すなわち、事業者の印影は、取引関係に関する情報で内部情報として管理しているものであって、その情報の性質自体から公開することにより著しい不利益を与えることが明らかであると推認できるものであり、さらにいえば営業妨害や印影の偽造などが起こる可能性があるといえる。
(3) 口座情報は、自らの取引と関係のない第三者が直接事業者である個人又は法人に対して公開を求めることができない情報であり、情報の性質から、公開することにより右個人又は法人の事業運営上の地位に不利益を与えるものであることは明らかである。
(4) 相手方コード欄に記載されている事業者固有番号は、千葉県がその取引先について独自に設定したコード番号である。このコード番号は、他の情報と組合わせることによって、当該取引先の特定が可能となる情報であって、この意味において、飲食業者を公開できない必要性のある本件においては、非公開とされたものである。例えば、一定金額以上の入札については、その落札者も県報に公告されるが、落札者のコードも一体として公開されることから、すでにこのようにして公開された情報と組み合わせることによって相手方コードから事業者を特定することが可能となる。
(四) 本件非公開部分のうち、会議等の名称及び目的、出席者の肩書、開催場所、相手方の住所及び氏名、検査場所、納入者又は請負者、契約の目的、契約履行の場所、契約の相手先、予定価格の八号該当性について
(1) 八号は、各実施機関がその事業を執行するに際し、事業執行の性質上、公開することにより、事務事業の関係者との信頼関係が損なわれるもの、事務事業の実施目的が失われるおそれのあるもの及び事務事業の公正若しくは円滑な執行の確保に支障の生ずると認められるものについて公開しないことができると規定する。
これは、右事務事業は、本来的に機密を要する事業であり、これに関する情報を公開することによって、関係者との信頼関係が損なわれ、実施目的が失われ、又は公正若しくは円滑な執行に支障が生じた場合、当該事務事業の実施不可能、公正さの確保不能あるいは成果が無に帰する等の事態を招来し、ひいては、目的のひとつに「県政の公正な運営の確保」を掲げる本件条例の趣旨を没却することになるため、当該情報を公開することによって得られる利益と当該情報を公開することによって生じる事務事業への不利益のバランスをとって、「実施機関と関係者との信頼関係が損なわれるもの」、「当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の実施の目的が失われるおそれのあるもの」、「当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障が生ずると認められるもの」と認められる情報については、これを非公開とすることにしたのである。
(2) 八号の「事務事業」とは、実施機関の行うすべての事務事業をいい、組織、人事、財産管理等いわゆる内部管理に係る事務事業を含むが、本件事務事業の実施機関は千葉県知事であるから、県政全般がこれに該当することとなる。知事、副知事の職務は、県政に係る様々な諸事項についての協議、相談、意見交換の場への参加を前提として、政策等に係る最終決断をして行政を執行していくことであり、その中には、政策的、政治的な、場合によっては高度に政治的かつ微妙な会合や、千葉県を代表しての会合等も存する。そして、総務部秘書課において開催する会合等は、県政全般にわたる微妙な時期の微妙な出席者との会合等も存する。
(3) しかるに、本件非公開部分のうち会議等の名称、目的、出席者の肩書、開催場所、相手方の住所、氏名、検査場所、納入者又は請負者、契約の目的、契約履行の場所、契約の相手先、件名を公開することは、誰と誰がどのような場面、目的で、どのような事柄について懇談しているのかを明らかにすることであり、これは政策形成に関する情報収集の過程を明らかにするに等しいばかりか、その会合の実施時期、出席者、会合場所から会合の内容についてさまざまな憶測等がなされて、県民に無用な誤解を与え、事務事業に係る政策決定に支障を生じるおそれがある。
とりわけ、知事又は副知事が食糧費を利用して行う会合等に関する記載は、単に会議の名称だけでなく、会合の日付、趣旨、目的、出席者の肩書が記載されており、また、当該会合等は、知事又は副知事の事業の執行に直接必要性があって設営されたものであるから、記載されている情報と会合等の前後の県政の動き等を検討すれば、会合等の内容が推認され、実質的に会合等の内容が公開されたに等しいことは経験則上明らかである。
(4) また本件文書に記録されている情報は、単に経費の支出関係を示すのみでなく、当局が実施した会合の目的・相手方・内容・程度を明らかにしているため、他の該当部分と相俟って公開されれば、相手方に対する当局の認識の重要度をも示すことにもなり、その結果、他者との比較により、出席者、非招待者ともに不満、不快の念を抱かせることとなって、信頼関係が損なわれ、以後当局が行う会合への出席を避けたり、あるいは率直な意見の表明を控えたりするなど、会合それ自体の目的を達成できなくなるおそれがあり、事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正又は円滑な執行に著しい支障を生ずる。
(5) 開催場所を公開することは、将来の知事、副知事に対する安全の確保や警備体制にも支障を招来させる。
すなわち、千葉県知事に対しては、二四時間体制による警護を行っている。特に千葉県の場合は、成田空港問題を抱える特殊性から厳重な警護が行われている。昭和五九年一一月二七日、空港反対派ゲリラによる知事私邸の外壁を焦がすゲリラ事件が発生したが、その後も、県職員を狙った放火事件が一〇件発生している。
したがって、会合や懇談会の場所を公開した場合、知事主催の会合場所が広く周知され、また、比較的特定の場所を利用する機会が多いことから、千葉県知事の安全の確保や警備体制に大きな支障が予想され、将来の同種の会合の説営等に対する支障が生ずる。
(6) さらに、「予定価格」は、千葉県が契約を締結する際にその契約金額を決定する基準としてあらかじめ作成する見積価格であるが、予定価格を公開すれば、将来の同種の契約においてその予定価格が容易にかつ相当程度の確度で類推でき、予定価格に極めて近い額での契約ばかりになるため、千葉県に有利な契約を締結することが困難になる。
四 原告の主張
1 争点1について
通知書記載の程度の理由では、結局のところ、単に非公開の根拠規定を示したにすぎず、本件条例八条四項の理由付記の要件を満たさず、違法である。
2 争点2について
(一)(1) 情報公開請求権は、法的構成としては、憲法二一条に基づく「知る権利」、同一五条による参政権を保障するために設けられたもので、国民主権の下では当然のことであり、このことは、情報公開法要綱案一条に、目的として「この法律は、国民主権の理念にのっとり、行政文書の開示を請求する国民の権利につき定めることにより」と規定されていることや、本件条例一条に「この条例は、県民の公文書の公開を請求する権利を明らかにするとともに、公文書の公開に関し必要な事項を定めることにより、県民の県政に対する理解と信頼を深め、県政の公正な運営の確保と県民参加による行政の一層の推進を図ることを目的とする。」とされていることにも如実に現われている。
(2) そして、本件条例の解釈運用基準となる千葉県公文書公開の手引(以下「手引」という。)では、本件条例一条の解釈について、「各条項の解釈及び運用は、常に本条に照らして行われなければならない」とし、「『公文書の公開を請求する権利を明らかにする』とは、県が管理する公文書についてその閲覧又は写しの交付を求めることができる権利を具体的に明らかにすることであり、条例で定める要件を満たした請求者に対して、実施機関は、当該公文書の閲覧又は写しの交付の求めに応じなければならない条例上の義務を負うものである。」として、「『県民の県政に対する理解と信頼を深め、県政の公正な運営の確保と県民参加による行政の一層の推進を図る』とは、公文書公開制度により、県民の県政に対する理解と信頼を深めるとともに、県政の公正な運営の確保を図り、県民の県政への参加を促進し、もって開かれた県政の推進に寄与しようとする本条の目的を明らかにしたものである。」として、公文書公開制度が民主主義にとって必要不可欠な制度との認識を示しているのである。さらに「公文書公開制度は、県民が請求すれば原則としてすべての情報を義務的に公開するという点において徹底した制度である」とも明言している。
(3) また、本件条例三条(解釈及び運用)は、「実施機関は、県民の公文書の公開を請求する権利を十分に尊重してこの条例を解釈し、運用するものとする。」と定める。そして、手引は、同条の解釈について、「本条は、この条例全体にわたる解釈運用の基本を定めたものである。」としたうえ、「『県民の公文書の公開を請求する権利を十分に尊重して解釈し、運用するものとする。』とは、この条例の基本理念である原則公開の精神を表したものである。権利を十分尊重することは、公文書の公開をするかどうかの判断ばかりでなく、公文書の公開の請求に係る手続のうえにも反映されなければならない。条例一一条(公開しないことができる公文書)の各号に掲げる情報に該当するかどうかの判断は、原則公開の基本理念に基づき適正に行われなければならない。」としている。このように、手引自体が住民の情報公開請求権の民主制における重要性を明言しているのである。
(4) このような民主主義、住民自治における情報公開の重要性に鑑みれば、地方自治体の政治にかかわるすべての情報は住民の前に公開されることが基本的な原則であり、実施機関は、条例の定める非公開事由を持ち出して安易に情報の公開を拒むような態度は厳に慎むべきものである。公開請求のされた公文書について非公開とするのは真に止むを得ない例外的場合に限られるものであり、立法目的や保護法益に照らして過度に広範な非公開処分や何ら具体的でない抽象的漠然とした理由を持ち出して非公開処分をすることは決して許されない。
従って、情報公開が原則であり、情報を公開することにより、他の利益を害する場合に例外的に公開を免除することができるとして規定されているのが、本件条例一一条であって、同条列挙の各事由に該当するかどうかについては、公開しないことに合理的な理由があるかどうか、非公開事項が必要最小限度にとどまっているか否かについて、厳格に解釈、適用すべきである。同条の「公開しないことができる」とは、文字通り公開義務の免除規定であり、非公開を羈束するものではない。このことは、非公開事由に該当する場合においても公益上の理由等から公開できると定める但書の除外規定からも明らかである。
(二) 二号該当性について
(1) 二号は、プライバシーの保護を主眼とするものであり、二号の要件である「個人に関する情報」とは、個人に関する情報すべてを指すのではなく、個人に関する情報のうち、プライバシーの侵害にならないもの及びプライバシーの侵害にはなるが他の利益から公開すべきものは含まれない。すなわち、本件条例はプライバシーを保護法益としているが、プライバシーの概念には不明確な点もあることから立法技術としてより客観的な基準である個人識別型を採用したにすぎない。プライバシー型であれ個人識別型であれ、立法目的はプライバシーの保護にある以上、その解釈が立法目的、保護法益に照らして行われるべきことであることは明らかである。したがって、プライバシーの侵害にならない場合やプライバシーの侵害になるが他の利益から公表すべき場合にはそもそも本件条例でいうところの個人情報ではない。このことは、被告の運用の一部にもあらわれている。すなわち、本件処分においても、支出負担行為支出伝票の作成に関わった公務員については、決裁権者でない者についても公表しており、検査調書の検査立会人についても同様に公表しているが、このように、文書作成に関わった公務員の氏名を公表しているのは、個人に関わる情報であってもプライバシーの侵害にならない場合や公表をする利益がある場合には条例でいう個人情報でないとの解釈を被告がとっているからにほかならない。
さらに、本件条例は個人情報と個人事業情報の取扱に差を設けているが、昭和六二年四月の千葉県における公文書公開制度素案(乙五)によれば、この差異は、個人といえども事業活動は純粋な個人とは異なり社会に与える影響力には大きいものがあり、それに比例して社会的責任も強く求められていることが理由として挙げられている。そうであるならば、個人事業ではなくとも、社会に与える影響力が大きく、社会的責任も強く求められる事柄については当然異なる取扱をすべきであり、例えば、公務員が公務として行った行為については、二号にいう個人情報ではないと解すべきである。
千葉県は、平成九年一二月、千葉県公文書公開条例特例条例を制定し、二号及び三号に該当する情報について一定の者については公開することにしたが、このことは、そもそも本件条例の解釈としてこれらの事項は二号の個人情報に該当しないことを認めたものである。
よって、個人に関する情報であっても、プライバシーの侵害に当たらない場合やプライバシーを侵害したとしても他の利益のために公表すべき場合には、二号の個人情報には該当しないと解すべきである。
(2) 公務員が公務を行う際にたとえ氏名が公表されたとしてもプライバシーの侵害には該当しないし、しかも公表をすることにより適正な行政執行が行われているかどうかを県民が監視監督する必要性と利益がある。したがって、知事をはじめとする公務員が公務として会合等に出席した以上、その情報は、当該公務員のプライバシーに関わるものでないのであるから、出席者の所属団体名及び役職名等の肩書は、「個人に関する情報」ではなく、二号に基づき非公開とすることは許されない。
(3) 二号の「個人識別情報」について、被告は、出席者の所属団体及び役職名の記載があるため、公開すれば外部に公表されている名簿等や他の情報等と照合することによって、当該個人が識別される可能性があると主張するが、他の情報とは具体的に何を指すものか不明であって、その記載により個人が識別されうるものであるとの具体的な主張立証はそもそも何らなされていないのであり、被告の主張には理由がない。
(三) 三号該当性について
(1) 事業者の住所、氏名自体は、三号の事業活動情報には該当しない。
法人であれ、個人であれ、事業者の氏名、住所などは、一般に電話帳、あるいはその他の広告媒体などで公にされているものであり、非公開とすべき情報にはそもそも該当しない。前記の昭和六二年四月の千葉県公文書公開制度素案によれば、「当該事業に関する情報」の例として、事業内容、事業所、事業用資産、事業所得などの内実をもったものをあげている。したがって、本件における事業者の氏名、住所が事業活動情報に該当しないことは明らかである。
また、相手方の経営状態、経営方針を事実上公表することになるとの被告の主張は、推論するに、ある特定の顧客に対し、ある特別の料金設定(例えば、通常の料金より廉価な設定)を行った場合のことを言っているものと思われるが、そもそもそのような料金設定を行ったということが非公開情報として保護しなければならないような経営方針といえるか極めて疑問であるし、また本件懇談会の請求書等に記載されている料金の内訳は、ごく一般的、平均的な料金設定にすぎない。
仮に、事業者の売上高、顧客層、顧客数及び経営方針がある程度明らかになったとしても、何故そのことにより相手方の競争上若しくは事業運営上の地位に不利益を与えるのかが、何ら明らかにされておらず、「競争上若しくは事業運営上の地位に不利益を与え」という要件を満たしていない。
(2) 口座情報については、振込先銀行名等が公開された場合に、当該事業者に対して著しい事業上の不利益を与えることが明らかであるとはいえないし、口座情報や社印、代表者印は、通常、請求書等に記載、押印するなどして顧客に知らせていることであり、しかもこれを知られたからといって特に不利益などはない。また、預金種目が分かっても、口座番号は特定できない。
(3) 相手方コードとしての事業者固有番号は、千葉県が内部処理のために使用しているものであり、それが公開されたとしても、そもそもどの飲食店を指しているのかすら不明なものであり、仮に飲食店が判明したとしても、競争上不利益を受けたり社会的信用を失ったりすることはない。
(4) 以上、本件非公開部分は、そもそも三号に定める事業活動情報ではなく、仮にそれが認められるとしても本件情報を公開したからといって債権者の競争上若しくは事業運営上の地位に不利益を与え、社会的信用を損なうということは全くないのである。
(四) 八号該当性について
(1) 情報公開制度は、公正で開かれた行政の確保と促進を本来的な目的としている以上、八号の行政執行情報こそもっとも公開度の高いものであるべきであるから八号の解釈は極めて厳格に行われなければならない。
(2) 被告は、ここにいう事務事業情報にはすべての事務事業が含まれると主張するが、それでは具体的に交渉、取締り、立入検査、監査等を挙げていることの意味がなくなること、三号が例示をしていないこととの対比上も不均衡であることからすれば、ここで対象としている事務事業は具体的に交渉等として挙げられている事項と同視できるもののみが対象となっているというべきである。しかも、ここにいう行政執行情報とは、交渉、取締り、立入検査、監査等の事務事業そのものの情報に限らないとしても、情報公開制度の重要性に鑑みれば、当該事務事業に密接に関連する情報に限定されるべきものである。その意味で、本件における懇談会の名称、目的や出席者等は、八号にいう行政執行情報には当たらない。
(3) 知事や副知事が千葉県を代表して会合に出席した場合等は、むしろ積極的に県民に公開されるべきものであるし、本件では公開請求しているのは、会合の内容自体ではなく出席者等である。すなわち、本件は、食糧費の公開であり、パーティー等の中での会議内容を問題にしているのでもなく、そもそも実施機関が行う事業施行のための協議等に関する情報に該当しない。本件情報を公開することがどうして政策形成に関する情報収集過程を明らかにすることになるのか、その他被告が主張する弊害がどうして生じるのか、具体的な内容が全く明らかでなく、関係者の信頼関係が損なわれたり、将来の事務事業の執行に支障が出ることなどありえない。
第三 当裁判所の判断
一 争点1について
1 本件条例が、公文書公開制度をもって、県民の県政に対する理解と信頼を深め、県民参加による行政の推進を目的とするものと位置づけ、県民の公文書の公開を請求する権利を十分尊重すべきものと定め(一条、三条)、一三条が、公開請求に対する決定についての不服申立制度を定めていること等に照らせば、本件条例八条四項が非公開決定に理由の付記を求めているのは、これにより実施機関の判断の慎重と公正妥当を担保するとともに、公開請求者に理由を知らせることによって、その不服申立てに便宜を与えるためと解される。このような理由付記制度の趣旨からすれば、付記すべき理由の程度については、公開請求者において、本件条例一一条各号所定の非公開事由のいずれに該当するのかをその根拠とともに了知し得るものであることを要し、単に非公開の根拠規定を示すだけでは十分ではないが、付記された理由と当該公文書の種類、性質等と相俟って公開請求者においてそれを当然に知りうるような場合には、理由付記に欠けるところはないということができる。
2 甲一及び二号証によれば、本件で公開請求の対象となった公文書は、千葉県総務部秘書課の食糧費の支出に関する公文書であり、その種類、内容からすれば、支出負担行為支出伝票及び支出負担行為減額伝票とこれらに関連する請求書等、食糧費に関する情報として通常予想しうる文書であることが認められ、またそれらの文書の性質上、その記載内容として、会議等の名称、目的や出席者名、料理等の内容や価額、飲食物を提供した事業者に関する情報等が存在していることも容易に推認しうるものである。これに加えて、本件条例一一条各号の定め自体、非公開事由を担当程度具体化、類型化していること、通知書に記載された非公開理由は、右各号の文言をそのまま引用したものではなく、さらに非公開事由を可能な限り特定しており、これ以上具体的な内容を記載することは、非公開とすべきものと判断した情報を事実上公開することにつながること等を考慮すれば、本件においては通知書に記載された理由をもって足り、本件処分の理由付記には欠けるところはないというべきである。
3 よって、本件処分は、本件条例八条第四項の要件を満たしている。
二 争点2について
1 本件条例の解釈について
(一) 憲法二一条一項は、表現の自由を規定しているところ、各人が自由に様々な意見、知識、情報に接し、これを摂取する機会を持つことは、その者が個人として自己の思想及び人格を形成、発展させ、社会生活の中にこれを反映させていく上において欠くことのできないものであり、民主主義社会における思想及び情報の自由な伝達、交流の確保という基本的原理を真に実効あらしめるためにも必要不可欠であって、このような情報等に接し、これを摂取する自由は、「知る権利」として、表現の自由の保障の趣旨、目的から、その派生原理として当然に導かれるどころといえる。
(二) この「知る権利」は、その内容を具体化する立法等がなされない限り、未だ抽象的な権利にすぎず、裁判規範としての具体的権利とはいえないものであるところ、本件条例は、一条で、「県民の公文書の公開を請求する権利を明らかにするとともに、公文書の公開に関し必要な事項を定めることにより、県民の県政に対する理解と信頼を深め、県政の公正な運営の確保と県民参加による行政の一層の推進を図ることを目的とする」と定め、三条で、「実施機関は、県民の公文書の公開を請求する権利を十分尊重してこの条例を解釈し、運用するものとする。」と規定し、五条で請求権者を、七条で請求方法を、八条で公開請求に対する決定方法を、一一条で非公開とできる場合を、一三条で不服申立方法を、それぞれ具体的に定めているのであって、本件条例がこのように公文書公開請求権の内容を具体的に定めたことにより、県民等の憲法上の抽象的な権利であった「知る権利」が、地方自治の場において、裁判規範としての性格を有する「公文書公開請求権」という具体的権利に結実されたものと解することができるのである。
よって、本件条例の解釈にあたっては、右の趣旨及び目的、公文書公開請求の由来、趣旨を踏まえながら、各規定を法文解釈の一般原則にしたがって、合理的かつ客観的に解釈していくことが必要である。
(三) また、本件条例の右のような意義からすれば、県の保有する情報は、一一条各号に規定する事由に該当しない限り公開しなければならず、右各事由の該当性についても、原則公開の観点から厳正な判断をしなければならないと解される(一条、三条)。手引が、「条例一一条(公開しないことができる文書)の各号に掲げる情報に該当するかどうかの判断は、『原則公開』の基本理念に基づき厳正に行わなければならない。」としているのも(乙一五)、このことを示唆しているものと思料する。
2 二号該当性について
(一) 二号の解釈
(1) 証拠(乙一、四ないし六、一〇、一三ないし一五)によれば次の事実が認められる。
ア 千葉県においては、昭和五八年四月に千葉県情報公開研究委員会を設置し、総務部長及び各主管課長等関係二四課長を委員として、昭和六一年三月まで、情報公開制度全般にわたる問題点を整理、研究し、途中の昭和五九年三月に中間報告を発表したが、その中で、プライバシー保護に関しては、県が有する文書の中には個人に関するものもきわめて多く、その運用を誤れば、プライバシー侵害のおそれもあり、県民への情報開示を原則とするこの制度の中で、プライバシー保護の要請とどう調和をとるのかが検討されなければならないとしたうえで、情報公開制度を実施するに当たっては、県民の人権を侵害することのないよう、プライバシーに関する情報は非公開を原則として最大限に保護されなければならない、本来、プライバシーの保護は、情報公開とは別の目的があり、情報公開制度の中にプライバシーの権利を具体的に明記することは困難であって、プライバシー保護は別途多面的に検討することが望ましいと提言している。
イ そして、千葉県は昭和六一年一一月に、副知事や関係部局長を委員とする千葉県情報公開準備委員会を設置し、情報公開の制度化に向けて実務的な検討を加えた結果、昭和六二年四月に千葉県における公文書公開制度素案(以下「素案」という。)が発表されたが、そこでは公文書公開制度の基本原則として、公開の原則とともに、個人のプライバシーは最大限に保護するとした上で、「個人に関する情報で、特定個人が識別され、又は識別され得るものについては、プライバシーの保護に万全を期すべきである。しかしながら、個人情報のうちには、次のように明らかにプライバシーの侵害に当たらないものや、公益上の必要性から公開すべきものもあり、この場合には公開するものとする。」として、本件条例一一条二号ただし書イないしハと同じ内容を挙げている。
その後、この素案をもとに、千葉県公文書公開談話会において、六か月にわたり、公文書公開制度の基本的なあり方、制度化に当たっての主要な問題点等についての検討を重ね、昭和六二年一一月、千葉県における公文書公開制度についてと題する提言を行った。この中では、非公開文書の範囲については、原則公開の趣旨に沿って必要最小限のものとし、可能な限り具体的かつ明確に定めることが適当であるとし、非公開の対象となる個人情報については、個人のプライバシーは最大限に保護されなければならないこと、プライバシーの概念は、その内容・範囲が必ずしも明確でないため、プライバシーを「特定個人が識別され、又は識別され得る個人に関する情報」として捉え、これを原則として非公開とするが、明らかに個人的法益の侵害にあたらないものや、公益上の必要性から公開すべき場合もあるので、その場合には、公開することが適当であると提言された。
ウ こうした準備、検討作業を経て、本件条例が成立し、昭和六三年一〇月一日に施行されたが、平成五年三月に、本件条例の解釈基準として前記千葉県公文書公開の手引がまとめられた。手引では、本件条例三条の「個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう」について、公開を原則とする公文書公開制度の下においても個人のプライバシーは最大限に保護されるべきであり、正当な理由なく公にされることがあってはならないことを明らかにしたものであり、プライバシーの保護は、個人の尊厳に係る基本的人権の一つとして認められたものであると解説し、一一条二号の趣旨についても、基本的人権を尊重し、個人の尊厳を守る立場から、個人のプライバシーを最大限に保護するために定めたものであること、プライバシーに関する情報の範囲は明確になっていない状況であるため、二号では、広く個人に関する情報について、特定個人が識別され、又は識別され得る情報を公開しないことができることとしたこと、二号ただし書においては、明らかにプライバシーの侵害に当たらないもの及び公益的理由のあるもののうち特定のものについては公開しなければならないとしたこと、二号の解釈及び運用に当たっては、三条の規定の趣旨を十分尊重し、特に慎重に取り扱わなければならないこととし、「個人に関する情報」の解釈については、①思想、信条、信仰、意識、趣味等個人の内心の秘密に関する情報、②職業、資格、学歴、犯罪歴、所属団体等個人の経歴、社会活動に関する情報、③収入、資産等個人の財産状況に関する情報、④健康状態、病歴等個人の心身の状況に関する情報、⑤家族関係、生活記録等個人の家庭、生活関係に関する情報など、個人に関するすべての情報をいうと説明している。
エ また、平成九年一月の千葉県定例県議会において、被告は、二号は、基本的人権を尊重し、個人の尊厳を守る立場から、個人のプライバシーを最大限保護するために定められているものであるが、プライバシーはその具体的な内容や範囲が個々により異なり、プライバシーに該当するか否かを判断することが極めて困難であること、いったん公開されてしまった場合には、回復しがたい損害を個人に与えてしまうために、プライバシー保護については万全を期する必要があるので、個人に関する情報であって、特定個人が識別され、または識別され得るものとして個人識別情報を非公開としたものである旨の答弁をしている。
オ さらに、千葉県は、平成九年一二月一九日付けで、千葉県公文書公開条例一一条二号又は三号に該当する情報について公開の特例を定める条例(以下「特例条例」という。)を公布したが、その二条においては、公開することにより、当該個人の権利利益が不当に侵害されるおそれがあると認められるものを除き、「実施機関の職員の職務の遂行に係る情報に含まれる当該実施機関の職員の所属名及び職の名称その他職務上の地位を表す名称並びに氏名」と、「実施機関の経費のうち食糧費の支出を伴う懇談会、説明会等に係る情報に含まれる出席者の所属団体名、所属名及び職名等並びに氏名」を公開とすることとされている。
(2) 以上の事実を総合すれば、二号が、プライバシーの保護を最終的な保護法益としていることは明らかであり、ただ情報公開制度の下でこれを実現するためには、プライバシーの内容・範囲が必ずしも明確でないために、技術的な理由から、比較的、基準の明確な個人識別可能性を公開非公開のメルクマールとして採用したにすぎず、それが大量に行われる公開請求に対する迅速な対応という要請にも合致すると考えられているものということができる。
(3) ところで、本件条例は、憲法二一条一項の表現の自由に由来する知る権利を公文書公開請求権という形で具体化したものであることは前記のとおりであり、右公文書公開請求権が、公開請求文書に記載されている個人のプライバシー権と衝突する場合には、実施機関において、その調和を図るべく解釈、運用しなければならないことはいうまでもない。
そして、右に述べたとおり、そのための方法として、本件条例では個人識別可能性をメルクマールに採用しているのであるが、しかしながら、このように個人識別の可能な情報である限り、二号ただし書が定める三つの場合を除いて、常に公文書公開請求権を劣後させるということになれば、公文書公開請求権が表現の自由に由来する知る権利を具体化した趣旨を没却することになるばかりか、プライバシーの内容・範囲が明確でなく、その定義付けができないという、公文書公開請求権とプライバシー権の優劣とは必然的でない理由によって、結果としてプライバシー権に優位性を認め、両者の衡突の調和を図る責務を放棄するものであり、本件条例が、「実施機関は、県民の公文書の公開を請求する権利を十分尊重してこの条例を解釈し、運用するものとする。」と規定し、手引が、「条例一一条(公開しないことができる文書)の各号に掲げる情報に該当するかどうかの判断は『原則公開』の基本理念に基づき適正に行わなければならない。」としていることにも反するものといわざるを得ない。
(4) また、そもそも、前述のように二号がプライバシーを保護法益とする規定であることからすれば、仮に個人識別の可能性が認められ、同号ただし書イないしハに該当しない情報であっても、当該個人のプライバシー保護の観点から、その正当な権利利益の侵害が生じる余地のないものについては、二号により保護されるべき法益が存しないのであるから、特段の事情(プライバシーに関して正当な権利利益の侵害が生じうる個人情報と一体として記録されていたり、あるいは、他の情報と組合わせることによって右個人情報が特定されるといった事情など)のない限り、同号の前提としての「個人に関する情報」には含まれないと解するのが相当である。
また、かく解することは、特例条例二条が「公開されることにより、当該個人の権利利益が不当に侵害されるおそれがあると認められるもの」を除き、「実施機関の職務の遂行に係る情報に含まれる当該実施機関の職員の所属名及び職の名称その他職務上の地位を表す名称並びに氏名」と、「食糧費の支出を伴う懇談会、説明会等に係る情報に含まれる出席者の所属団体名、所属名及び職名等並びに氏名」を公開とするとしているのにも合致するものといえる。
(二) 本件への適用
(1) 第二の一の前提となる事実として記載したとおり、本件非公開部分には、出席者個人の氏名は記載されておらず、出席者の所属団体名や団体での役職名等の肩書が記載されているにすぎないが、もともと、これらは、当該出席者の氏名等特定個人を識別するための手がかりにすぎない。また、会議等の名称や目的も、それ自体で二号に該当することはなく、被告も、他の情報と照らし合わせた場合に特定個人が特定しうるという意味で二号該当性を問題としているにすぎない。したがって、出席者の氏名が二号の非公開事由に該当しない場合には、所属団体名や役職名等の肩書、会議等の名称及び目的が、二号に該当することはないものということができる。
(2) ところで、本件において出席者のプライバシーが問題となるのは、当該出席者が当該会議等に出席したという情報であり、その出席したこと自体が公にされることが当該出席者にとって、プライバシーに関しての個人の正当な権利利益の侵害にあたるか否かである。
そうすると、当該出席者が、個人としての資格を離れて、公務として、あるいは所属する団体の職務として、千葉県の会議等に出席する限りにおいては、私的な領域の問題とはいえないのであって、出席したという情報自体は出席者のプライバシーとは関係のない事柄であり、特段の事情のない限り、プライバシーに関して個人の正当な権利利益の侵害が生じる余地はないものと考えられる。
本件における懇談会等は、前記前提となる事実によれば、千葉県の予算を用いて開催されたものであり、千葉県知事、副知事の職務遂行上、必要な各種関係機関等との協議、意見交換等に際し、必要に応じ設定されたものであって、通常、出席者は、いずれもその職務としてこれに出席したものと推認できるから、右の理がそのまま妥当するというべきである。
(3) すなわち、出席者が公務員(食糧費の執行に携わった公務員のほか、会議等に相手方として出席した公務員も含む。)である場合、その職務執行に際して記録された情報に含まれる当該公務員の氏名等は、当該公務を遂行した者を特定し、場合によっては責任の所在を明示するために表示されるものであって、それ以上に右公務員の個人としての行動ないし生活に関わる意味合いを含むものではなく、しかも、本件で問題となっているのは食糧費であり、食糧費が、前述のとおり、行政事務、事業の執行上の直接的必要性を前提として支出されるものである以上、それが会食を伴う懇談であっても、当該公務員の公務の遂行にかかわるものであって、特段の事情のない限り、当該公務員個人のプライバシーが問題になる余地はないと考えられるのである。そして、本件各証拠上、個人としてのプライバシーが侵害されるといえる特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
(4) また出席者が私人である場合には、公務にあたらないものの、前述のとおり、本件で問題とされる食糧費は、私的な懇談会ではなく、千葉県知事、副知事の職務遂行上、必要な各種関係機関等との協議、意見交換等に際し、千葉県の予算を用いて、必要に応じ設定された懇談会等の経費として支出されたものであり、当該私人の氏名等は、その相手方として表示されるにすぎないうえ、食糧費が行政事務、事業の執行上直接的必要性から支出されるものであり、したがって交際費の支出などと異なり、食糧費の執行としての懇談会等への出席は、県の行政事務、事業そのものへの関与にほかならず、また当該私人にとっても、その所属する団体における職務として、県の行政事務、事業の執行上行われる懇談会等に出席する以上、県職員の公務遂行過程に関与していることは当然認識しているはずであることからすれば、その出席の事実を秘匿すべき必要があるものと解されないことは公務員の場合と異ならない。
そうだとすれば、私人の場合であっても、食糧費の執行過程で懇談会等に出席し、その事実が公にされたからといって、プライバシーに関して、個人の正当な権利利益の侵害が生じる余地はないものということができる。そして、本件各証拠上、個人としてのプライバシーが侵害されるというような特段の事情も認められない。
(5) よって、本件においては、右のとおり出席者の氏名が二号の非公開事由に該当しないと解される以上、本件非公開部分中、出席者の所属団体名や役職名等の肩書、会議等の名称、目的は二号に該当せず、これを非公開としたことは違法である。
3 三号該当性について
(一) 被告は、飲食物を提供した事業者の口座情報(金融機関名、口座名義人、預金種目、口座番号)並びに社印及び代表者印の印影について、三号を理由に非公開としているところ、これらの事項は、当該事業者の事業に係る金銭の出納にかかわる情報であり、どの範囲で、誰に、これらの情報を明らかにするかは、本来当該法人又は個人事業者の判断によるべきものであって、取引関係にない第三者にまで広くこれを公開することを当該法人や個人事業者が予定しているとは到底いえず、その情報の性質、内容に照らしても、右事業者の同意もなくこれらの情報を広く開示することは、当該事業者の事業運営上の地位に不利益を与えるものというのが相当であり、よって、これらの情報を非公開としたことは正当である。
(二) これに対して、事業者の氏名及び住所等により、当該事業者が特定されても、これによって明らかになる情報は、当該事業者の経営にかかる飲食店における料理や飲物等の売上単価、数量、合計金額等、当該飲食店を利用する一般の顧客等に広く開示されている情報にすぎず、特段の事情のない限り、それ以上に当該事業者の営業上の秘密、ノウハウ等、同業者との対抗関係上特に秘匿すべき営業情報が明らかになるわけではない。
したがって、事業者の特定に関する情報は、その公開により、ただちに右のような営業情報が明らかにされるというような特段の事情がない限り、公開すべきである。かく解することは、特例条例三条が「公開することにより、当該法人その他の団体又は当該事業を営む個人の権利利益が不当に侵害されるおそれがあると認められるもの」を除き、「実施機関の経費のうち食糧費の支出に係る債権者の名称又は氏名及び主たる事務所の所在地」を本件条例にもかかわらず、公開すると規定していること(乙一〇)からしても相当といえる。
そして、本件各証拠によっても、右特段の事情を認めるに足りる証拠はないのであるから、本件においては、飲食物を提供した事業者の特定に関する情報は公開すべきところ、本件で、事業者が特定されるということで非公開とされたものは、相手方の住所及び氏名、検査場所、納入者又は請負者、契約履行の場所、契約の相手先、開催場所であり、右非公開は違法といわねばならない。
また、前述のとおり、相手方コードとしての事業者固有番号及び枝番は、千葉県がその財務システムにおいて管理保有する事業者の識別番号であり、その意味では、広く、公開されているものではないが、事業者自身が内部情報として、管理、保有しているわけでもなく、しかも、被告は、他の情報と相俟って事業者を特定することになるので非公開としたと主張していることに鑑みれば、やはり非公開とすることには理由がない。
(三) よって、被告が、事業者の口座情報(金融機関名、口座名義人、預金種目、口座番号)並びに社印及び代表者印の印影を非公開とした点は適法だが、その余の、相手方の住所及び氏名、相手方コード、検査場所、納入者又は請負者、契約履行の場所、契約の相手先、開催場所につき、事業者を特定するという理由から三号に該当するとして非公開としたことは違法である。
4 八号該当性について
(一) 八号の解釈
(1) 八号の規定及び前記手引によれば、同号は、実施機関が行う事務事業の中で、その事務事業の性質上、公開することにより、事務事業の関係者との信頼関係が損なわれ、信義則に反する場合、事務事業の目的に沿った成果が得られず、実施する意味を喪失する場合及び事務事業の公正若しくは円滑な執行の確保に支障が生ずると認められる場合について、その危険の有無、程度等を客観的に検討したうえで、公開しないことができることとしたものであることが認められる(乙一五)。
(2) ところで、前述のごとく、本件条例の解釈にあたっては、公文書公開請求権の由来、趣旨を踏まえながら、各規定を法文解釈の一般原則にしたがって、合理的かつ客観的に解釈し、具体的要件に当てはめていくことが必要であり、県の保有する情報は、本件条例一一条各号に規定する非公開事由に該当しない限り公開しなければならず、非公開事由の該当性についても、原則公開の観点から厳正に判断すべきものと解されるのである。
(3) したがって、当該情報を開示することにより、関係者との信頼関係が損なわれるとともに将来の事務事業の円滑な執行に支障が生じるかどうかは、当該情報及び当該事務事業の具体的内容、当該事務事業の執行における当該情報の意味合い等の諸般の事情を総合して、個別具体的に判断されるべき事項であり、また、右支障が生ずるおそれは、単に実施機関の主観においてそのおそれがあると判断されるだけでなく、そのようなおそれが具体的客観的に存在することが必要というべきである。
(二) 本件への適用
(1)ア 先ず、被告は、会議等の名称及び目的、出席者の肩書、開催場所、相手方の住所及び氏名、検査場所、納入者又は請負者、契約の目的、契約履行の場所、契約の相手先について、八号を理由に非公開としている。
イ この点、被告は、右情報を公開することは、誰が誰とどのような場面、目的で、どのような事柄について懇談しているかを明らかにすることであり、これは政策形成に関する情報収集の過程を明らかにするに等しいばかりか、その会合の実施時期、出席者、会合場所から会合の内容についてさまざまな憶測等がなされて、県民に無用な誤解を与え、事務事業に係る政策決定に支障を生じるおそれがあると主張するが、被告の主張は、いまだ事務事業の内容、事務事業の執行における当該情報の意味合い等について具体的に指摘しておらず、政策決定に支障をきたす理由やおそれについても、これを具体的に判断するに足りる証拠がない。
ウ また、被告は、右情報は、単に経費の支出関係を示すのみでなく、当局が実施した会合の目的・相手方・内容・程度を明らかにしているため、他の該当部分と相俟って公開されれば、相手方に対する当局の認識の重要度をも示すことにもなり、その結果、他者との比較により、出席者、非招侍者ともに不満、不快の念を抱かせることとなって、信頼関係が損なわれ、以後、当局が行う会合への出席を避けたり、あるいは率直な意見の表明を控えたりするなど、会合それ自体の目的を達成できなくなるおそれがあり、事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正又は円滑な執行に著しい支障を生ずると主張する。
しかし、本件非公開部分の公開によって明らかにされるのは、会議の名称、目的、場所、出席者等の外形的事実であり、したがって、通常は当該懇談会等の具体的、個別的な開催目的や、そこで話し合われた事項や内容まで、右情報の公開によって推知されるものとはいえず、しかも本件ではいまだ事務事業の内容も明らかになっていないことからすれば、これら懇談会等の外形的事実が明らかにされることで関係者との間の信頼関係が損なわれ、事務事業の円滑な執行に支障を来す事態が生じるとまでは認めがたいのである。
もっとも、秘書課が知事の意向を受けて行う懇談会等の中には、特定の具体的な事務事業の計画や執行のために必要な事項について開係者との内密の協議を目的として行われるものもあると思われ、このような場合には、相手方出席者が特定される情報が公開されることにより、その事実が明らかになることを望まない相手方の信頼を損ない、協力が得られなくなって、事務事業の円滑な執行に支障を来すおそれのあることが考えられるものの、本件非公開部分が八号の非公開事由に該当するか否かは、本件処分の適法性を基礎付ける事実であり、また、右のような事情はすべて被告側の事情であって、しかも被告は、本件非公開部分の記載内容等を了知していることからすれば、被告において、本件懇談会等が八号に列挙する事務事業に該当し、それがその施行のために必要な事項についての関係者との内密の協議を目的としたものであり、かつ前記非公開部分を公開することにより、関係者の信頼を損ない、当該事務事業の円滑な執行に支障を来すおそれのあることを具体的に主張立証する必要があるというべきである。
しかしながら、この点に関する証人甲野太郎は、会議の目的等を公開することによって、将来の情報収集に影響が出るおそれがあること、特定の出席者との協議の中で政策決定をしているのではないかという憶測を生じるおそれがあること、今後の懇談会等に出席をためらうおそれも生じること等を一般的、抽象的に証言するにとどまっていて、右立証としては十分でなく、他に右の各事項を認めるに足りる証拠はない。
エ さらに、被告は、知事等主催の会議等の開催場所を公開することは、将来の知事、副知事に対する安全の確保や警備体制にも支障を来すと主張する。
しかしながら、被告は、具体的には、千葉県知事に対しては、二四時間体制による警護を行っていること、特に千葉県の場合は、成田空港問題を抱える特殊性から厳重な警護が行われていること、昭和五九年一一月二七日、空港反対派ゲリラによる知事私邸の外壁を焦がすゲリラ事件が発生したが、その後も、県職員を狙った放火事件が一〇件発生していること等を挙げるにとどまり、本件食糧費の支出にかかる懇談会等の開催場所が明らかになることによって、知事等の警備体制にどのような支障が生じるのかという点の具体的な立証がなく、実施機関たる被告の判断において、右のようなおそれが主観的、抽象的に認められるからといって、八号に該当するということはできない。
オ よって、会議等の名称及び目的、出席者の肩書、開催場所、相手方の住所及び氏名、検査場所、納入者又は請負者、契約の目的、契約履行の場所、契約の相手先については八号に該当せず、これを非公開としたことは違法である。
(2) 次に、被告は、予定価格について、これを公開すれば、将来の同種の契約においてその予定価格が容易にかつ相当程度の確度で類推でき、予定価格に極めて近い額での契約ばかりになるため、千葉県に有利な契約を締結することが困難になることを理由に非公開事由があるとし、前記証人甲野もこれに沿う供述をしている。しかし、本件は、競争入札における予定価格とは異なり、食糧費の支出に関しての予定価格の公開にとどまるのであって、契約の締結そのものや、ひいては懇談会等の開催に具体的な影響が生じるとまでは直ちにいいがたいこと、本件では別に積算内訳表が公開されており(甲二)、積算価格から、予定価格の推測は可能なこと等の事情に鑑みれば、本件において、予定価格の公開が直ちに事務事業の円滑な執行等に支障を及ぼすものとは認められず、これを非公開としたことは違法である。
三 以上のとおり、本件処分のうち、飲食物を提供した事業者の口座情報(金融機関名、口座名義人、預金種目、口座番号)、右事業者の印影(社印及び代表者印)について非公開としたのは適法であるが、その余の部分について非公開としたのは違法であるから、右部分の限度で原告の取消請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六四条を適用して、平成一〇年一二月二一日に終結した口頭弁論に基づいて、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官西島幸夫 裁判官鈴木秀雄 裁判官岩坪朗彦は、填補のため署名捺印できない。裁判長裁判官西島幸夫)
別紙一文書目録<省略>
別紙二非公開部分目録<省略>